夏目漱石 『門』 「どうも字と云うものは不思議だよ」…

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青空文庫図書カード: 夏目漱石 『門』

現代語化

「どうも字って不思議だよ」
「どうして？」
「どうしてって、いくら簡単な字でも、おかしいと思って疑い出すとわからなくなるんだ。この間も今日の『今』の字で大変迷った。紙にちゃんと書いて見て、じっと眺めていると、なんだか違ったような気がする。しまいには見れば見るほど『今』らしくなくなって来る。――あなたはそんなこと経験したことない？」
「ないわよ」
「俺だけかな」
「あなたどうかしてるのよ」
「やっぱり神経衰弱のせいかな？」
「そうよ」

原文 (会話文抽出)

「どうも字と云うものは不思議だよ」
「なぜ」
「なぜって、いくら容易い字でも、こりゃ変だと思って疑ぐり出すと分らなくなる。この間も今日の今の字で大変迷った。紙の上へちゃんと書いて見て、じっと眺めていると、何だか違ったような気がする。しまいには見れば見るほど今らしくなくなって来る。――御前そんな事を経験した事はないかい」
「まさか」
「おれだけかな」
「あなたどうかしていらっしゃるのよ」
「やっぱり神経衰弱のせいかも知れない」
「そうよ」

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