横光利一 『旅愁』 「この森をパリの街の真ん中に是非残しておけ…

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青空文庫図書カード: 横光利一 『旅愁』

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「おいナポレオンってパリに森残せとか言ってた奴スゲぇよな。ただの武闘派じゃなかったわけ」
「でっかいね。何キロあるんだろ」
「周りで5キロらしいぜ」
「えー、もう」
「おい！」
「おい！」
「あ、東野くん、1人ボートに乗ってるんだ」
「久慈くん、まだ？」
「何してたんですか？」
「俳句作ってんだ」
「いい句できた？」
「いや」
「おい、置いてくぞオ」
「どこだ」
「げ、やべぇやべぇ。ボートみんな似ててどれか分かんねぇ」
「東野くん、俳句作ってたんだって。1人ならそれもいいな」
「俳句か、ここで俳句とかどんなの作れるんだ」
「白鳥の花振り分ける春の水」
「ちょ、やられた」
「あそこ。滝」
「じゃあオレも1句作ってみようかな」
「ブロウニュの、滝も無言を破りおり。どうだ東野くん」
「そんな句ねぇよ」
「じゃ、これどうよ」
「ブロウニュのオール少しく鳥追えり」
「ふむ」
「じゃぁ、これはどーだ――白鳥の巣は花に満つ春の森」
「うまいな。いつ練習したの？」
「よし、じゃぁもう1つやるぞ」

原文 (会話文抽出)

「この森をパリの街の真ん中に是非残しておけと云ったのは、ナポレオン・ボナパルトだそうですが、豪い男だと思いますね。あの男はただの豪傑じゃなかったのだ。」
「広いのね。これでどれほどあるのかしら。」
「周囲五里というんですよ。」
「まアこれで。」
「おーい。」
「おーい。」
「あら、東野さん、ボートに一人いらっしゃるんだわ。」
「久慈君まだですか。」
「お一人で何してらっしたの。」
「俳句を作ってたんですよ。」
「良い句出来ましたか。」
「いや。」
「おーい。抛っとくぞオ。」
「どこだア。」
「やア、弱った弱った。ボートがどれも違うんで、分らないんだよ。」
「東野さんは俳句を作ってたんだって。ひとりならそれもいいな。」
「俳句か、ここで俳句なんてどんなの出来るんです。」
「白鳥の花振り別けし春の水。」
「いや、やられた。」
「あそこよ。滝」
「じゃ一つ、僕も俳句を作ろうかな。」
「えーと、ブロウニュの、滝も無言を破りおり。どうです東野さん。」
「そんな句ないよ。」
「それじゃ、これやどうじゃ。」
「ブロウニュのオール少しく鳥追えり。」
「ふむ。」
「そんなら、これはどうかね――白鳥の巣は花に満つ春の森」
「うまいね君は。いつ習ったんだ。」
「ようし、じゃ、も一つやるぞ。」

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