宮本百合子 『道標』 「アジアの嵐」…

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青空文庫図書カード: 宮本百合子 『道標』

現代語化

「アジアの嵐」
「エイゼンシュタインは、『10月』でも、そういう手法を使ってるんです。パン、パンって、ツァーの写真と日本のオオカミ面とかが、交互に出たりするの。ちょっと観念的ってとこもあるけど、それでも迫力あるよ。あんなに切り刻まれちゃった『アジアの嵐』じゃ、まるでアジアに嵐が起こる必然性が消されちゃってるんだもの――自然現象みたい、まるで、モンゴルで勝手にそんなことが起きたっていう話でごまかされてるみたい、民族の独立っていうのを――」
「まあ、パリでは、ああいうのを見られるだけいいと思おうよ」
「……蜂谷さんみたいな、学者さんて、何を見てもあまり感動しないもんなの？」
「そんなことないよ」
「そうかな。――私から見ると、あなたたちって、なんだか、自分がわかってることの範囲で落ち着いてるみたいなんだけど」
「例えばどういうとき？」
「今みたいなとき。――あなたは、大事なところがカットされてても、とにかくここで『アジアの嵐』が見られればまあいいって、おっしゃるでしょ？　私は、そういうとき、絶対カットのないのが見たいって思うと思うわ。カットは、映画だけじゃなくて、他にもあるんだもの。しかも、見たいと思えば、見られるのよ」
「どういうふうに？」

原文 (会話文抽出)

「アジアの嵐」
「エイゼンシュタインは、『十月』でも、そういう手法をつかっているんです。パッ、パッと、ツァーの写真と日本のおかめの面なんかが、かわりばんこに出たりするの。すこし観念的みたいなところがあるけれども、でも、雄弁よ。あんなに切りこまざいた『アジアの嵐』では、まるでアジアに嵐がおこって来る必然性を消しちまってあるんだもの――自然現象みたいに、まるで、ひとりでそんなことが蒙古では起るというお話みたいにごまかしてあるわ、民族の独立ということを――」
「しかしまあ、パリでは、ああいうものも見られるだけいいとするのさ」
「……蜂谷さんのような、学者っていうものは、何にでもあんまり感動しない習慣？」
「そんなことあるもんか」
「そうかしら。――わたしからみると、あなたがたは、何となし、自分にわかったことの範囲でおちついているみたいなんだけど」
「たとえば、どういう場合？」
「いまみたいな場合。――あなたは、肝心のところがカットされていても、ともかくここで『アジアの嵐』が見られればまあいいって、おっしゃるでしょう？　わたしなら、そういうとき、きっとどうかしてカットのないのが見たい、と思うと思うわ。カットは、映画にされているばかりじゃないんだもの。そして、その気になれば、見られるんだわ」
「どういう風にして？」

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